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研究レポート

秘密保持契約に関する考察(いわゆる残留情報について)

著者:弁護士・弁理士 南部朋子
2005/3
(追記)2016/2

南部朋子弁護士が執筆した論説「いわゆる残留情報条項(Residuals Clause)についての考察」が一般社団法人日本知的財産協会が発行する知財管理誌2017年3月号(3月20日発行, p293-306)に掲載されました。本論説のPDFデータはこちらです。

いわゆる『残留情報』に関する考察

 秘密保持契約は、秘密にしておきたい一定の情報を相手方に開示する必要があるような場合(企業間において合併契約や業務提携契約を締結するかどうかを検討する段階等)に締結される契約です。企業間のみならず、企業の重大な秘密情報を開示されることの多い、企業の役員・従業員と企業との間で秘密保持契約が締結されることもあります。
 この契約の目的は、主に「秘密の情報を第三者に開示されることを防ぐこと(秘密保持)」にありますが、「秘密の情報を、当該情報受領者において、特定の目的以外に使用することを防ぐこと(目的外使用禁止)」にもある場合が多くあります。
 秘密保持契約については、「秘密情報」として扱われるべき情報はどのようなものか等に始まり、多くの検討事項がありますが、これらについては多くの書物で紹介されています。
 ここでは、あまり解説が見当たらなかった、いわゆる「残留情報」について、考えてみることにしたいと思います。

1 残留情報について


 残留情報(英語ではresidualsと表現されます)とは、一般的には従業員の記憶に残る秘密情報を指すものと理解されているようです。
 もっとも、その定義は契約ごとにされていますので、一つに定まっているとはいえません。

 残留情報は、秘密保持契約書の中では、例えば次のような規定で使われることがあります。

(残留情報)
 受領者は、いかなる目的のためであっても、「残留情報」を利用することができるものとする。ただし、受領者は、本契約に基づく秘密保持義務を遵守しなければならない。
「残留情報」とは、開示者の秘密情報への接触により受領者の従業員の記憶に無形的に残留した情報をいう。


 上記のような契約書中の条項を「残留情報条項」と呼ぶことにします。
 このような残留情報条項が定められる理由を明らかにするには、まず当該条項の効果について考える必要があります。

2 残留情報条項(residuals clause)の効果


「残留情報」は、従業員の記憶に残った秘密情報であり、本来秘密保持契約に基づき秘密保持義務・目的外使用禁止の対象となる情報です。
 しかし、上記のような残留情報条項があると、本来であれば秘密保持契約に記載された目的以外の目的では使用できないはずの情報が、「残留情報」にあたるという理由で、受領者が自由に使用することが許されることになると思われます。

(1)情報受領者の立場からみた残留情報条項の効果

 秘密情報の開示を受ける側(以下「受領者」といいます。)にしてみると、秘密情報に接した個人の記憶に残る情報を完全に除去することは不可能であり、かつそのような個人の秘密情報を利用することが少なからず以後の事業の発展に貢献すると考えられるので、一般的には残留情報条項を規定するメリットが大きいと思われます。

(2)情報開示者の立場からみた残留情報条項の効果

 契約中に残留情報条項が規定されていると、秘密保持契約が実質的に骨抜きにされるので、残留情報条項つきの秘密保持契約は、秘密情報を開示する者(以下「開示者」と言います。)にとってはリスクの高いものであるといえます。
 つまり、秘密保持契約書において、「秘密情報についての秘密保持義務・目的外使用禁止」を定めてあっても、秘密情報のうち従業員等の記憶に残った情報(残留情報)については、受領者が自由に利用してよいと定めると、結局、残留情報については、目的外使用が許されることになってしまいます。
 また、上述の残留情報条項例では、受領者による残留情報の公開までが許されているわけではありませんが、残留情報条項の規定の仕方によっては、残留情報を自由に公開することさえも許容されると解釈できる場合があると思われます。
 開示者から開示されたすべての秘密情報が、「残留情報」に該当する可能性があるので、結局、残留情報条項があるために、すべての秘密情報について「目的外使用OK、公開OK」ということになり、せっかくの秘密保持契約が意味のないものになる恐れがあります。
 さらに、受領者に残留情報条項を悪用される危険があるといえます。
 例えば、受領者が
 ⅰ 秘密情報の含まれる媒体(FDなど)のコピーを作成
 ⅱ 原媒体のみを情報開示者に返還
 ⅲ ⅰのコピーを内密に保管し、自分の利益を図るために利用する
という一連の行為をしたとします。
 秘密保持契約では、多くの場合、開示者に秘密情報の返還を求められた場合には、受領者は秘密情報のコピーを含めてすべて返還すべきこと(返還義務)が定められており、上記のような一連の行為は、当該返還義務や秘密情報の目的外使用禁止に反するはずです。
 しかし、残留情報条項があると、「残留情報条項で許容されている範囲、すなわち、個人の記憶に保持されている範囲で秘密情報を利用しているに過ぎず、秘密情報のコピーを保有し続けて利用しているわけではない」という受領者の言い逃れが認められてしまう恐れもあります。

3 残留情報条項を規定すべきかどうかについて


 残留情報条項の効果から考えれば、

専ら情報を開示する側の場合 →

残留情報条項は規定すべきでない

【理由】秘密保持契約が骨抜きになる

専ら情報を受領する側の場合 →

残留情報条項を規定したほうがよい

【理由】秘密情報に接した個人の記憶に残る情報を完全に除去することは不可能なので、秘密保持義務の不遵守・秘密情報の目的外使用を完全に避けることは難しい一方、そのような個人の記憶に残った秘密情報を利用することが少なからず以後の事業の発展に貢献する

という結論になると思われます。
 しかし、秘密保持契約を締結する当事者がお互いに情報の開示者であり、受領者でもある場合は少なくありません。
 この場合には、開示する情報の量や質に照らし、残留情報条項を規定する場合としない場合のいずれかが有利なのかを考えてケースバイケースで判断していくしかないものと考えられます。

4 残留情報条項(residuals clause)の規定方法


 以下は、公開されている英文契約書などを分析し、残留情報条項の規定方法をまとめたものです。

(1)「残留情報」の定義

 残留情報は「従業員の記憶に残る秘密情報」などと表現されることがありますが、その定義の方法は様々です。
 どのように定義するかによって、残留情報として扱われる情報の範囲が異なるので、いかなる要素で残留情報を定義するかがポイントとなります。
 残留情報の定義は大まかに以下の(ⅰ)~(ⅶ)の要素で構成されているものと考えられます。

(ⅰ)記憶の主体による残留情報の限定
 a 情報受領者の従業員の記憶にある情報に限定する
 b 情報受領者の従業員及び取締役の記憶にある情報に限定する
 c 情報受領者の従業員、取締役及び相談役の記憶にある情報に限定する

【(ⅰ)についての説明】
 残留情報がどの人間の記憶にあるものと定義するかという問題があります。
 記憶主体を限定すれば、残留情報の範囲も限定されることになります。
 受領者側であれば、可能な限り多くの人間の記憶に残った情報を残留情報としたいところでしょうから、残留情報を「従業員の記憶に残ったもの」上記(ⅰ)のa)に限らず「取締役、相談役の記憶に残ったもの」も含める(上記(ⅰ)のc)ことになると思われます。

(ⅱ)情報の入手態様
 a 正当な権限(秘密保持契約)に基づいて秘密情報に接触したことを条件とする
 b 正当な権限(秘密保持契約)に基づいて秘密情報に接触したことを条件としない

【(ⅱ)についての説明】
 残留情報の対象となるのは、秘密保持契約に基づいて入手した秘密情報に限るのか、そのような限定をしないのかという問題があります。
 上記(ⅱ)aを定義に含めると、例えば従業員が盗み見した情報は残留情報に含まれないことになると思われます。

(ⅲ)記憶の態様
 a 何の気なしに記憶した情報に限定する
 b とくに記載しない

【(ⅲ)についての説明】
 従業員等が秘密情報を記憶するにあたって、「残留情報として利用するため覚えよう」と考え、恣意的に記憶した情報を残留情報として利用させるのは公平ではないため、このような限定をする場合があるものと思われます。ただ、実際には、「何の気なしに覚えたこと」を証明するのは困難ではないかと思われます。

(ⅳ)情報源の限定
 a (従業員等の)記憶そのものに限る(unaided memory)
 b とくに記載しない

【(ⅳ)についての説明】
 従業員等の記憶そのもの(unaided memory)に残っている情報のみ、残留情報として扱うことを確認するため、このような限定をする場合があると思われます。

(ⅴ)残留情報の保持形態
 a 無形の形態で保持される
 b 記憶に保持される
 c 無形の形態で記憶に保持される

【(ⅴ)についての説明】
 通常、残留情報は人の記憶にあり、無形な状態で保持されているものと思われますが、「無形の形態で保持されていること」「人の記憶に保持されていること」「人の記憶に無形の状態で保持されていること」等様々な定義の方法が散見されました。

(ⅵ)残留情報の範囲
 a 情報受領者の事業と関連する情報
 b とくに記載しない

【(ⅵ)についての説明】
 残留情報を、情報受領者の事業と関連する情報に限る場合と、とくに限らない場合がありますが、とくに限定しない場合が多く見受けられました。

(ⅶ)残留情報の例示
 a 秘密情報たるアイデア、コンセプト、ノウハウおよび技術を含みこれらに限られない情報
 b とくに記載しない

【(ⅶ)についての説明】
 残留情報にはアイデア、コンセプト、ノウハウおよび技術が含まれることを念のため確認する意味で、残留情報の定義にこのような例示がされているものと思われます。

(2)残留情報条項の構成要素

 残留情報条項には、いろいろな規定例がありますが、主な違いは、次のような事項が盛り込まれているかどうかに現れています。

(1)

残留情報の開示を禁止するかどうか

(2)

残留情報の使用は特許権、著作権に従った使用である必要があることの確認

(3)

残留情報を利用して受領者が独自の開発を行ってよいかどうか

(4)

受領者が、残留情報を有する従業員をどの業務に配置するかについて制限をうけ ないことの確認

(5)

受領者が残留情報を利用したことによって得られた業績につき、開示者に対して ロイヤルティを払う義務がないことの確認

(6)

開示者が受領者に残留情報について著作権、特許権をライセンスしたものではな いことの確認



5 残留情報条項例


(1)専ら情報の受領者である場合の規定例

 専ら受領者である当事者にとっては、一般的には残留情報条項を設けたほうが有利になると思われます。(ただし、専ら受領者であっても、自ら開示する数少ない秘密情報がとくに重要なものである場合は別途考慮が必要です。)
 この場合、残留情報の範囲が広くなるように定義し、かつ残留情報の自由な利用が妨げられないような条項にするのが望ましいと考えられます。

【規定例】 

第○○条(残留情報)
 本契約の規定にかかわらず、受領者は、製品やサービスの開発を含むいかなる目的のためであっても、「残留情報」を利用することができるものとする。
 「残留情報」とは、開示者の秘密情報への接触により受領者の取締役、従業員及び相談役の記憶に残留した知識をいう。
 受領者は、本契約に基づき秘密情報を受領した場合であっても、その従業員の任務の割り当てを制限する義務はないものとする。
 受領者は、残留情報の利用により得られた業績について、開示者に対してロイヤルティを支払う義務はないものとする。


(2)専ら情報の開示者である場合の規定例

 専ら開示者である場合には、残留情報条項は入れるべきではないと思われます。従業員等の記憶に残っている秘密情報も含めて例外なく受領者に秘密保持義務及び目的外使用禁止義務を課す必要があるためです。
 ただ、以下のように念のため、個人の記憶に残った秘密情報も例外なく秘密保持、目的外使用禁止の対象となることを規定することが考えられます。

【規定例】 

第○○条(残留情報)
 本契約の下では、秘密情報に接した個人の記憶に保持される秘密情報(残留情報)も秘密情報に含まれ、これらの情報はすべて本契約の条項に基づき厳重に扱われるものとする。


(3)情報を開示する割合と受領する割合にあまり差がないような場合

 このような場合、開示者となる可能性がある以上は、残留情報条項を入れることはリスクの高い行為なので、避けたほうがよいと思われます。
 しかし、仮に相手方から開示される情報が、自らが開示する情報に比べてはるかに重要性・有用性があり、自らの秘密情報を相手方に利用される犠牲を払ってでも、相手方の秘密情報を自由に利用したいというような特別な事情があるのであれば、例えば以下のような規定を秘密保持契約に盛り込むことが考えられます。

【規定例】 

第○○条(残留情報)
 受領者は、いかなる目的のためであっても「残留情報」を利用することができるものとする。ただし、受領者は、本契約に基づく秘密保持義務を遵守しなければならない。
 「残留情報」とは、開示者の秘密情報への正当な権限による接触により受領者の従業員の記憶に無形的に残留した知識をいう。ただし、開示者の秘密情報を、残留情報として扱うために故意に記憶した情報は残留情報にはあたらないものとする。
 受領者は、本契約に基づき秘密情報を受領した場合であっても、その従業員の任務の割り当てを制限する義務はないものとする。
 受領者は、残留情報の利用により得られた業績について、開示者に対してロイヤルティを支払う義務はないものとする。
 本条項によって、受領者は開示者の有する著作権や特許権についてライセンスを与えられるものではない。



2. 残留情報条項に関する雑誌記事の紹介2008/8/31

残留情報条項について、比較的詳細に論じている記事があります。
著者:Kline, Scott M
題名:Managing Confidential Relationships in Intellectual Property Transactions: Use Restrictions, Residual Knowledge Clauses, and Trade Secrets
掲載誌名:The Review of Litigation(The University of Texas School of Lawが発行)
発行時期:2006年春
記事は、インターネットで公開されています。
http://www.allbusiness.com/legal/intellectual-property/4092329-1.html

1 残留情報条項例の紹介

同記事では、契約に残留情報条項があると、受領者は、開示を受けた秘密情報のうち、意図せず記憶に残っているものは、開示者の競争相手との仕事に利用してもよいと誤解していることが多いから、残留情報条項を導入することに対してはお決まりの反応が返ってくるが、残留情報条項をうまく作れば、秘密情報を保護する条項を無意味化しないというようなことが論じられています。うまく作った残留情報条項の例として、以下の2例が挙げられています。

(A) Nothing in this Agreement precludes either Party from using and/or disclosing General Knowledge. "General Knowledge" means generalized know-how, ideas, concepts, processes, information or techniques related to information technology that are retained solely in intangible form in the unaided memories of a Party's Representatives who have had access to the Confidential Information of the Disclosing Party under this Agreement. The use of General Knowledge shall not be deemed to impair: (a) a Party's rights in and to its valid patents, copyrights, trademarks or trade secrets or (b) a third party's rights in and to its valid patents, copyrights, trademarks or trade secrets that are contained in any third-party materials provided by the Disclosing Party under this Agreement.

(B) "Residuals" shall mean the Confidential Information disclosed under this Agreement that may be retained in intangible form (e.g., not in written or other documentary form, including tape or disk) by the receiving party's personnel having had access to that Confidential Information in connection with providing the services so long as the receiving Party's personnel do not intentionally retain Confidential Information for the purpose of its reuse. Notwithstanding anything to the contrary in this Agreement, the parties shall be free to use residuals for any purpose, including use in development, manufacture, marketing and maintenance of their own products and services.

ただ、(A)の例に関していえば、何が"General Knowledge"で、果たして"Confidential Information"と"General Knowledge"を簡単に区別できるのかという問題があると考えられます。"General Knowledge"という別の用語を導入することによって、本当は保護が必要な秘密情報を保護の範囲外としてしまう危険もあるのではないかと思われます。
また、(B)の例に関していえば、情報受領者に有利に働くような典型的な残留情報条項と見受けられ、結果的には多くの秘密情報が保護されない恐れがあると考えられます。

2 被用者(employee)の残留知識(residual knowledge)について

上記記事では、residual knowledge of the employee(直訳すれば、被用者の残留知識ですが、わかりやすくいえば「被用者が雇用期間中に職務上得た知識」ということになりましょう)についても論じています。
上記記事によれば、アメリカの裁判例では、仮に雇用主と被用者との間の雇用契約に、被用者が雇用されている間に取得した一般的知識、技術、情報(保護されるべき雇用主の秘密情報は含まれない)を使うことを禁止した条項が盛り込まれているとしても、当該規定に拘束力はないとするものが複数あるとのことです。

(2016.2追記)
上記記事は、2016.2現在、下記のサイトでご覧になれます。
https://www.andrewskurth.com/media/pressroom/808_Doc_ID_3265_5242006152146.pdf

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